婚活で妥協したくない。その気持ちは、わがままじゃありません
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夜、ベッドに入りながら、何十人ものプロフィールを指でスワイプしていました。会ったこともない相手を、プロフィールだけで「違うかな」と閉じていく。その瞬間は何も感じないのに、翌日にはまた同じことを繰り返す。
妥協して結婚したら後悔しそう。でも、このまま理想を持ち続けたら、一人のままかもしれない。どっちを選んでも、うまくいかない気がする。婚活で妥協したくないと思いながら、そのことで苦しくなっていたころの私です。
先に、いちばん伝えたいことを書きます。「妥協したくない」というその気持ちは、わがままではありません。これから、なぜそう言えるのかを、当時の私の情けない本音ごと書いていきます。
その「妥協したくない」は、わがままじゃない
まず、あなたが薄々こわがっていることに、先に答えておきますね。
「こんなに条件があるなんて、私って高望みなのかな」。もし少しでもそう思っているなら、その心配は、いったん脇に置いて大丈夫です。
だって、あなたが妥協したくないのは、たぶん「もっといい人を手に入れたいから」じゃないですよね。好きになれない人と結婚するのが、こわいだけなんだと思います。
一生を一緒に過ごす相手です。「ここだけは譲れない」と思うものがあるのは、むしろ自然なこと。それを「わがまま」と呼んで押し込めてしまうと、自分の気持ちを疑いながら人を選ぶことになりかねません。それは、婚活そのものより、じわじわ消耗します。
気づけば、減点方式になっていた
とはいえ、私自身、条件がたくさんあった時期がありました。
年齢、仕事、年収、話しやすさ、清潔感、見た目。プロフィールを開くたびに、いいところと引っかかるところを一つずつ数えて、自然と減点方式で見ていました。
不思議なのは、その条件を、自分でちゃんと選んだ覚えがないことです。
言われてみれば……なんでこの条件だったんだろう。
私も当時、「どうしてその条件なの?」と聞かれていたら、答えられなかったと思います。
友達の結婚相手、SNSで見る夫婦、婚活ブログ、恋愛ドラマ。そういうものを眺めながら、「このくらいが普通なんだろうな」と思い込んでいただけでした。
そしてプロフィールを開くたび、無意識にこう考えていたんです。「この人なら、親も安心するかな」「この人なら、友達に紹介できるかな」。
今ふり返ると、私はあのころ、自分の幸せというより「失敗しない結婚」を探していたんだと思います。
気づくと、会う前から人を減点で見ています。
私も、本当はそんな見方をしたいわけじゃないのに、と思っていました。
妥協して後悔/このまま一人。どっちも、こわい
「妥協したくない」と思うとき、本当にこわいのは、妥協そのものではないのかもしれません。
妥協して結婚して、「こんなはずじゃなかった」と思いながら、何十年も暮らす未来。離婚よりも、私はそっちのほうがこわかったです。だから少しでも違和感があると、「この人じゃない」と思ってしまっていました。
でも、その一方で。アプリを開くたび、友達の結婚報告を見るたび、誕生日が近づくたびに、「時間だけは戻らない」と感じていました。理想は下げたくないのに、年齢だけはどんどん上がっていく。
この二つの気持ちに、毎日はさまれていました。日曜の夜、アプリを閉じて布団に入ると、「来週もまた、同じことを繰り返すのかな」と思って眠れない日があって。婚活って、相手を選んでいるようで、実は毎日、自分の人生を選ばされている感覚なんですよね。
条件の多さそのものより、この板挟みから毎日降りられないことのほうが、ずっとこたえていました。
婚活の日は、終わると仕事のあとみたいに疲れます。
恋愛というより、ひとつ仕事を終えた帰り道みたいでした。
「理想が高いね」と言われて、悔しかった
そんなとき、友達に軽く言われた一言があります。「理想が高いね」。
たったそれだけの言葉です。婚活中って、何気ない言葉が、びっくりするくらい深く刺さるんですよね。
心の中では、反発していました。「じゃあ、好きでもない人と結婚すればいいの?」って。私からしたら、高い理想を掲げているつもりなんてなくて、ただ、好きになれない相手と一生を過ごすのがこわいだけだったんです。
なのに、こうも思ってしまう。「……もしかして、本当に私がおかしいのかな」。
反発と自己疑い。その二つが同時に湧いてくるから、余計に苦しかったです。だからあの日も、家に帰ってから何時間も、たった一言のことを考え続けていました。
人を選び続けることに、疲れていた
もう一つ、あまり大きな声で言えなかった気持ちがあります。
条件で「この人は違うな」と切ったあと、私はスッキリするどころか、少し罪悪感を感じていました。会ったこともない人を、プロフィールだけで判断している自分が、あまり好きになれなかったからです。
でも、時間も体力も限られています。全員とは会えないから、絞るしかない。そうやって、人を選ぶことに慣れていく自分が、苦しかったです。
「ありがとうございました」とだけ送ってアプリを閉じたあと、急に疲れて、スマホを置く。その日はもう、誰にも返信したくなくなる。そんな夜が、何度もありました。
その違和感は、本物? それとも、不安?
ここまで読んで、こんな問いが残っているかもしれません。私が感じる「この人は違う」は、大事にしていい違和感なのか。それとも、ただの不安なのか。
正直に言うと、渦中にいたころの私には、その見分けはつきませんでした。大事な違和感なのか、不安が作り出した違和感なのか。デートから帰る電車で、「いい人だった。でも、好きになれるかな」と、そればかり考えていました。
だから、今のあなたに「こう見分けなさい」とは言いません。渦中にいる本人が、一人で見分けるのは、たぶん難しいからです。
ただ、当時の私は、その見分けを、疲れきった頭で一人きりでやろうとしていました。それをやめたきっかけは、自分で答えを出したことではありませんでした。
「条件を下げましょう」じゃ、なかった
私の肩の力が抜けたのは、ある無料相談でのことでした。
「条件を下げましょう」と言われるものだと思っていました。でも、担当の方が聞いたのは、こういうことでした。「どんな時に、一緒にいて安心できますか?」
その問いで、私は初めて気づきました。私は、条件が欲しかったんじゃなくて、安心できる結婚生活が欲しかった。帰り道、一人で歩きながら、「そっか。条件を減らす、っていう話じゃなかったんだ」と、何度も考えていました。
下げるか、下げないか。ずっとその二択の前に立っていたけれど、聞かれたのは、そのどちらでもありませんでした。「何があれば、私は安心できるのか」。順番として、こっちが先だったんですね。
同じ問いから婚活の場所を選び直したときのことは、「数」に疲れて、相談所naco-doに入会してわかったことに書いています。条件の数を減らす話ではなく、安心を先に置いて選び直した話として読んでもらえたらうれしいです。
そんなに、自分を責めなくていい
もし当時の自分に、一言だけかけられるなら、これを言います。
「そんなに、自分を責めなくていいよ」。
婚活がうまくいかないたびに、私は全部、自分のせいにしていました。「私の魅力が足りない」「もっと条件を下げるべきなんだ」「もっと頑張らなきゃ」。
でも、ずいぶん経ってから分かりました。私はただ、順番が逆のまま頑張っていただけでした。
アプリを削除した日のことを、今でも覚えています。画面からアイコンが消えた瞬間、「もう頑張れない」と思ったのと同時に、少しだけ、ホッとしている自分がいました。毎晩あんなに指を動かしていた画面が、そこにはもうありませんでした。
あなたのその「妥協したくない」も、自分を責める理由には、なりません。
よくある質問
Q. 妥協して結婚した人は、後悔しているんですか?
人によります、としか言えません。ただ、当時の私は「妥協=『こんなはずじゃなかった』と思いながら何十年も暮らすこと」だと思い込んでいました。今は、その分かれ目は条件を下げたかどうかではなく、自分が何を大事にしたいかを自分で分かっていたかどうかにあるように思います。
Q. 結局、どこまで妥協すればいいんでしょうか?
「どこまで下げるか」を考える前に、一度だけ立ち止まってほしいことがあります。あなたが手放したくない条件は、「自分が安心するため」のものですか? それとも「まわりに認められるため」のものですか? この二つは、似ているようで別物です。私の場合、この二つが混ざったまま、まとめて守ろうとしていました。
Q. 妥協と、大事なものを見極めることは、違うんですか?
私は、違うと思っています。妥協は「本当はいやだけど、我慢して受け入れる」こと。見極めは「たくさんある条件の中から、自分が安心できる一点を選び直す」こと。当時の私には、前者しか思いつきませんでした。
Q. 条件を下げれば、結婚できますか?
たぶん、それだけでは変わりません。私自身、うまくいかないたびに「もっと条件を下げるべきなんだ」と自分に言い聞かせていた時期がありますが、苦しくなるばかりでした。変わったのは、「何があれば安心できるか」から選び直せたときです。
条件の話をしていても、引っかかっているのは別のことかもしれません。
望みのほうまで疑いはじめたなら
まわりの結婚報告に追い立てられて、条件どころではなくなっているなら。
周りが結婚していくのが、つらいと感じるとき