クリスマスに予定がない独身女性へ。街だけが特別な日になる
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帰り道の店先の雰囲気が、いつのまにか変わっています。
先週まではこうではなかったはずなのに。
クリスマスに予定がない。独身のまま、今年もその日を迎える。
普段の休日となにも変わらないはずの一日なのに、その日だけは「今日はクリスマスなんだ」と意識してしまう。
クリスマスが近づくと、この時期だけ毎年しんどくなります。
婚活をしていた頃、十二月になると同じことを考えていました。仕事も生活も何も変わっていないのに、その日だけ重いんですよね。
この記事に、その日の過ごし方は書きません。書くのは、なぜこの日だけ重くなるのか、のほうです。
① クリスマスだから寂しい、わけじゃなかった
婚活をしていた頃のクリスマスに、私が何をしていたか。
普通に仕事をして、家で過ごしていました。特別なことは何もしていません。何を食べたかも正確には覚えていなくて、特別な食事をした記憶もありません。
だから正直に言うと、クリスマスだから絶対に寂しい、というわけではないんです。
その日の中身だけを取り出せば、普段の休日とほとんど同じでした。
それなのに、普段の休日にはない重さが残る。中身は同じはずなのに、何が違ったのか。
いま思うのは、こういうことです。その日が特別だったのではなくて、街のほうが「誰かと過ごす日」の顔になっていた。そして私は、その中を普通に歩いていただけでした。
② 目につくものが、三つだけ増える
十二月に入ると、目に入るものが増えます。私の場合は三つでした。
まず、街を歩いているときのカップル。普段だって同じ数だけいたはずなのに、この時期だけ、いつもより目につく。
お店の飾りもそうです。買い物のついでに通っているだけなのに、店の雰囲気が一気に変わっていて、視界の端に入ってきます。
あとはスマホを開いたとき。友達や知り合いの楽しそうな投稿が流れてくる。誰も私に見せているわけではなくて、ただ流れてくるだけです。
三つとも、普段なら気にもとめないものでした。
でもこの時期だけは、そういうものまで「私は今、一人なんだな」と教えてくるように感じられるんです。
③ 誰にも責められていないのに
不思議なのは、ここです。
別に誰かに責められているわけでもないのに、重い。
店の飾りは私に向けて置かれたものではありません。すれ違うカップルは私を見てもいません。友達の投稿も、私に何かを言うために上げたものではない。
この日に私を責めた相手は、ひとりもいませんでした。
それなのに気持ちが沈むと、今度はそのこと自体を持て余します。何も言われていないのに落ち込む自分を、勝手にひがんでいるだけの人みたいに感じてしまう。
誰かに何か言われたわけでもないのに落ち込むので、自分が面倒くさい人間に思えてきます。
十二月のその感じ、覚えがあります。誰も悪くないのに重い、というのがいちばん説明しづらいところなんですよね。
でも、ここは順番が逆だと思っています。重くなったのは、あなたの感じ方が変わったからではありません。合図の数が増えただけです。この時期の街は、ひとりでいることを思い出させる合図を、いつもより多く出しています。合図が増えれば、思い出す回数も増える。それだけのことです。
十二月に限らず、日付ではなく、夜そのものが重いときの話も書いています。
④ その日も、アプリは開いていた
正直に書くと、その日もアプリは開いていたと思います。
当時は婚活が生活の一部みたいになっていたので、クリスマスだからといって完全に切り離せるわけではなかったんです。
誰かに返信して、プロフィールを見て、また画面を閉じる。
ただ、楽しくて開いているというより、「早く私も相手を見つけなきゃ」という気持ちが混ざっていたと思います。
始めたばかりの頃は、アプリを開くこと自体がわりと楽しかったように思います。それがだんだん、やらなきゃいけないことのほうに寄っていきました。
きれいな話にはできません。この日に限って何かをやめたわけでも、何かを決めたわけでもなく、私はいつもと同じように画面を触っていました。
⑤ 街が変わると、時間が前後に伸びる
もうひとつ、この時期だけ起きることがあります。
飾りを見た瞬間に、「あ、もうクリスマスなんだ」と気づく。そしてそのまま、「去年の今頃は何をしていたかな」と考えてしまう。
去年の自分を思い出して、今の自分と並べて、それから先のことまで考える。
婚活をしていると、季節のイベントが、そのまま自分の先のことを考えるきっかけになってしまうんですよね。
友達の結婚や出産の報告が増えていた時期でもありました。みんなは次のステージに進んでいるのに、私はまだここにいる。そういう焦りを感じることもありました。
ただ、婚活の一年は、目に見える形で進むとは限りません。同じ場所にいるように見える一年でも、選び方や感じ方は変わっています。飾りを見て立ち止まった一瞬では、そこまで思い出せないだけです。
同じ計算を、誕生日の夜にもしてしまっていたなら、そこでも同じことに触れました。
⑥ 十二月のあいだは、決めなくていい
こういう時期に、人は何かを決めたくなります。
当時の私にも、そういう十二月がありました。もう一度ちゃんと動こう、と思うこともあれば、年内はもういいか、と思うこともある。
ただ、焦ってアプリを開いても、疲れている自分にはうまくいきませんでした。その繰り返しだったと思います。
何もしないでいると、余計に置いていかれる気がしてしまいます。
その感じ、よく分かります。動いていないと落ち着かなくて、いちばん疲れている時期にいちばん手を動かしていました。
いま振り返って思うのは、私は結婚したくなかったわけではない、ということです。
疲れていたのは、焦った状態で婚活を続けることのほうでした。
だから、十二月のあいだに何かを決めなくていいと思います。やめる必要もありません。ただ、この時期に浮かんできた結論は、街の合図がいつもより多い日に出たものだ、とだけ覚えておく。
婚活の手を止めた人が、そのあとどうなったか。それは別の記事にしました。
⑦ 街が静かになってから
十二月が終わると、飾りは片付きます。
店先の飾りはなくなり、雰囲気も元どおりになって、通りはただの通りになります。合図の数が減るので、同じ道を歩いても何も思い出しません。
私が言いたいのは、そこまで我慢しましょう、ということではありません。
そうではなくて、街が静かになったあとに、もう一度だけ自分に聞いてみてほしいんです。あのとき重かったのは、婚活のやり方だったのか、それとも十二月の街だったのか。
答えが「街だった」なら、変えるものはとくにありません。飾りと一緒に消えていく種類の重さだった、ということです。
やり方のほうだった、と思えたなら。そのときが動きどきなんだと思います。焦っていない自分が出した結論は、たぶん長持ちしますから。
よくある質問
クリスマスに予定がないことを、うまく人に伝えられません。
伝えなくていいと思います。「特に何も」で終わらせても、たいていの会話は成立します。詳しく話すほど相手も気を使うので、短いほうがお互いに楽なこともあります。話したくなったときに話せば十分です。
十二月は婚活が止まると聞きます。動くなら年明けからのほうがいいですか。
どちらでも大丈夫です。ただ、時期の損得より、いまの自分が焦っているかどうかで決めたほうがいいと思います。焦った状態のまま始めても、私の場合はうまくいきませんでした。年明けから、という決め方自体は自然だと思います。
街に出ないようにすれば、平気になりますか。
一時的には楽になると思います。ただ、合図を避けきるのは難しいですし、避けること自体が疲れます。避けるより、重くなったときに「いま合図が多いんだな」と分かっているほうが、扱いやすいかもしれません。
年末年始に実家へ帰ると、どうしても結婚の話になります。
そちらは街の話とは別ものです。人から言われる言葉には、街の飾りとは違う刺さり方があります。実家で親に結婚を急かされる人へ、そのことだけを扱った一本があります。
まとめ
クリスマスに予定がない独身女性にとって、この日が重いのは事実だと思います。
でも私の場合、重かったのはその日の中身ではありませんでした。仕事をして、家に帰って、普通に一日が終わっただけです。
動いていたのは街のほうでした。飾りが出て、カップルが目につき、画面には楽しそうな投稿が並ぶ。クリスマスに独身で予定がないという事実は去年と同じなのに、それを思い出す回数だけが、いつもの何倍かに増える。
そして合図が多い日に出した結論は、たいてい実際より急いでいます。
だから十二月のあいだは、決めなくていいと思います。決めるのは、街の飾りが消えてからでも遅くありません。
それでも、焦っていないときに一度だけ確かめておきたい、という気持ちは残ると思います。相談所の無料相談は、入会を決める場ではありません。いまの自分のやり方を人に見てもらう場としても使えます。合図の多い日に一人で考えるより、街が静かになってから人に話すほうが、材料はそろいます。
私がnaco-doの無料相談を受けたときの記録も残してあります。